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静岡地方裁判所沼津支部 昭和47年(ヨ)59号 判決

申請人 原くに

〈ほか四名〉

右申請人等代理人弁護士 沢口嘉代子

同 佐藤久

被申請人 株式会社伊豆シャボテン公園

右代表者代表取締役 大村実

右訴訟代理人弁護士 松岡宏

同 井口賢明

同 瀬戸和海

主文

申請人等が被申請人との間にそれぞれ雇傭契約上の権利を有することを仮りに定める。

被申請人は昭和四七年三月四日以降本案判決確定にいたるまで、毎月二五日限り一ヶ月当り申請人原くにに金五万四、〇四〇円、同日吉末子に金五万六、九八〇円、同石井ふみ代に金四万六、五〇〇円、同石井貞子に金五万五〇円、同岡本なつ子に金五万四、三五〇円をそれぞれ仮りに支払え。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、被申請人が申請人等主張の業務を営業目的とする株式会社であり、伊東市大室高原に東洋一の品種を誇るシャボテンの展示と、小動物の放し飼珍種植物の配置による自然公園的な「伊豆シャボテン公園」を有し、これを主体に観光レヂャー事業を営んでいること、申請人等が何れもその主張の頃被申請人会社に入社したものであること、被申請人会社の従前の就業規則に「定年制は別に定める」となっていたが定年制は未定のままとなっていたところ、昭和四六年六月一日右就業規則を変更して定年制を定め同年同月五日右変更された就業規則に伴い定められた定年退職規程を実施したこと、右就業規則によれば男子従業員は満五七才女子従業員は満四七才に達したときをもって定年退職する、経過措置として昭和四六年六月五日当時すでに右年令に達しているものについて女子は五〇才未満者につき九ヶ月(昭和四七年三月四日まで)右規定の実施を猶予するものとされたこと、申請人等は何れも昭和四六年六月五日の時点で満四七才以上満五〇才未満の年令に該当し昭和四七年三月四日右経過措置により定年に達したものとして扱われたこと、右定年該当時に申請人原くに同石井貞子は営業課食堂係に属し「そば」の売渡しに、同日吉末子は管理課に属し公園内の清掃に、同石井ふみ代は営業課食堂係に属し調理室において料理仕込み等に、同岡本なつ子は営業課食堂係に属し調理師業務にそれぞれ従事していたことは当事者間に争いない。

二、申請人等は前示定年制を導入した就業規則は女子従業員定年年令について男子より一〇才若い四七才をもって定めるもので、従来定年制のない労働契約によって雇傭された申請人等従業員にとり労働条件の不利益な変更であるところ、右変更について労働者の同意がないので右定年制の規定に関する就業規則の変更は無効である旨主張する。

労働条件の不利益な変更となる就業規則の改正が当該規則条項の適用を受ける労働者の同意を得ないことをもって直ちに無効となると解すべきかどうかについては、就業規則の法律的性質をめぐって論議のあるところであるが、「新たな就業規則の変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されない」こと、しかし乍ら就業規則の性質上「当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない」ことは最高裁判所判例(昭和四〇年(オ)第一四五号、昭和四三年一二月二五日大法廷判決)の示すところであって、右判例によれば就業規則の当該規則条項が合理的なものであるかどうかがその改正の効力に関して先づ判断されなければならない事項であること、申請人等は就業規則の変更によって新たに定められた本件定年制が、女子従業員の定年年令を男子従業員より一〇才低い四七才と定めたことには何等合理性がなく専ら性別を理由とする労働条件の差別であって、憲法第一四条労働基準法第三条第四条に違反する行為であり民法第九〇条に照らし無効である旨主張するものであって、本件においては結局右男女年令別定年制が合理性を欠くものであるか否かが主要な争点であるからこの点について判断する。

当裁判所も企業が女子従業員の定年年令を男子従業員より低く定めることを内容とする定年制を就業規則において定めることは労働条件について男女を差別するものであって、憲法第一四条第一項が法の下における性別による差別取扱いを禁じ、憲法第一四条をうけた労働基準法第三条が労働条件に関する均等待遇を規定した趣旨及び同法第四条が性別を理由とする賃金の差別を禁止した趣旨に鑑み、(なお労働基準法が賃金以外の労働条件について直接性別を理由とする差別を禁ずる旨の規定をおいていないのは、過去において女子労働者が一般に男子労働者より劣悪な条件下におかれ差別を受けて来たが、その最大なものが賃金差別であったという歴史的な事情をうけて、特に性別による賃金差別の禁止をうたったこと、労働基準法第三条は憲法第一四条の規定を受けて労働条件に関し法の下の平等を規定したものであるが、性別による差別取扱いの禁止を掲げなかったのは、女子労働者については母性保護の立場や男子との肉体的条件の違いから同法第一九条、第六一条ないし六八条等で特別の保護規定をおき、男子労働者と機械的に同一労働条件下におくことから生ずる不合理をさけようとする配慮からきたものであると解すべきこと、したがって右配慮から生ずる労働条件の差別以外に性別による差別を許容したものではないと云うべきである。)合理的理由のない限り労働条件に関する性別による差別は許されないとすることが、公の秩序として確立しており、これに反する就業規則は民法第九〇条により無効であると解するので、右の観点から本件定年制が男女の年令に差別をつけたことに合理的理由があるか否かについて審理を進める。

被申請人は本件定年制については組合との間で昭和四六年一二月四日確認書を取交し、これをもって労働協約が締結されたのであり、労働協約が労働者保護のための立法である労働組合法に由来するものであるところから、労働者保護の立場の枠内で成立した労働協約はそれが極めて明白な不合理性をもつものでない限りいわば組合の自治にまかせられている事柄として合理性を付与されていること、したがってその成立後に改めて内容の合理性を検討すべき余地はなく、本件定年制は一見明白な不合理性をもつものではないから、労働協約として成立した以上有効であって後にその合理性を判断することは許されない旨主張するが、一般の契約に関し当事者間に合意が成立したからと云ってすべて当該合意が有効視され、その内容について法的価値判断が下され得ないものでないことは民法第九〇条その他の強行法規、契約の効力に関して適用される社会立法等を挙げるまでもなく当然のことであり、労働条件に関する事項についても仮りに労働協約その他において労働者が一旦合意したとしても、これによって直ちに合理性が付与せられ後にその当否の判断を許さないものとは解し難い。

三、そこで先づ本件定年制が定められるに至った経緯をさぐるため被申請人会社における従業員の雇傭の実情、とくに中年女子従業員の雇傭の実情及びその業務内容ならびに被申請人会社の経営内容について案ずると、≪証拠省略≫によればつぎの事実が認められる。

(一)  被申請人は会社創立後シャボテンを中心とする珍種植物の展示、即売、動物園、小動物の放し飼などを目的として大室高原の自然環境下に大公園を設け、大温室、海洋公園も設置し、漸次食堂、売店、ハイヤー施設などを整備し、伊豆方面において有数な観光レヂャー産業として成長するにいたったが、従業員については地理的条件もあって必ずしも当初から一定基準を設けてその用途にそった必要人員を新規採用するという方針をとり得ず、営業の規模拡大に伴う人員不足を補うべく、幹部職員はじめ従業員等が縁故によって被申請人会社への就職を勧誘したり、女子従業員については周辺の集落の地元婦人会に依頼して臨時に公園内の草取り、ごみ集めの仕事を託し、さらに地元の主婦をパートタイムで臨時に雇傭し草取りや清掃、ドライブイン、食堂のウエイトレスや調理補助、売店の販売などの業務に当らせ、右臨時雇の中から漸次試験を行って正社員に採用した上引きつづき右の様な各業務に当らせて来た。被申請人会社には昭和三五、六年頃から前示認定の如き経緯によって入社した女子従業員が相当多数おり、右従業員等は家庭の主婦で子供も成長して家事に余裕のできた者が多かったところから、中年層の女子で占められ四〇才を超えてから就職するものも相当数おり、中には五〇才を超えてから臨時雇となり二、三年の経験を経て正社員となったものがあった。右中年の女子従業員等は、中学ないし高校を卒業して新規採用された女子従業員にまじって、食堂のウエイトレス、売店の販売、調理補助、入園口の切符売りさばき、来園者の荷物の一時預り、公園内の清掃、植物栽培、小鳥を主とした小動物の飼育、シャボテン展示温室内の看視、公園内の諸施設に設けられた事務所内での事務社員寮の賄などの部門に配置されて各その業務に従事していた。

営業開始以来被申請人の右観光事業は一般に好評で軌道にのり、春秋の行楽シーズン時や日曜祭日などの休日には多数の一般団体客をはじめ家族づれ、修学旅行の学生などの行楽客が来園し、公園内の各施設の仕事は繁忙を極めたが前示女子従業員等はそれぞれ配置された職場においてその業務をこなし、何等支障を生ずることはなかった。

申請人原は昭和三八年四四才の時婦人会の一員として臨時に被申請人会社から清掃を頼まれて働いた後パートタイマーとして働き、昭和四一年九月正社員となり爾来シャボテン売店の販売員を経て昭和四五年九月までドライブインのウエイトレスとなり、その後同所の「そばコーナー」で立食そばの調理販売の業務に従事していたもの、申請人日吉は昭和三七年五月四〇才で入社して以来、清掃係として便所の清掃公園内のごみ集めなどの業務に当っていたもの、申請人石井ふみ代は昭和四一年三月五日四二才で入社しドライブインのウエイトレスを経て調理室の調理補助の仕事を課せられ、野菜きざみ、魚、肉の下ごしらえ、炊飯、調理師不在の場合丼物の調理などの業務に従事していたもの、申請人岡本は昭和三六年五月一八日三九才で入社し、調理室に配属されて調理補助業務に従事し昭和四〇年八月国家試験を受けて調理師の資格を得、公園各施設内の食堂を経て第二ストアと称する施設内の食堂の責任者として、六名の調理補助者を指導しながらカレー、おでん、そばを主とする料理を調製していたもの、申請人石井貞子は昭和三七年七月二日四〇才で入社し、海洋公園の敷地造成、公園内の草取りその間繁忙時の臨時販売員を経て展望台内に設置された売店に専属配置された後、第二ストア内の売店で主として飲物の販売に従事し該売店の主任格として火元責任者にもなり、同売店に配属された女子従業員の指導をまかされたが昭和四四年九月ドライブイン内の「そばコーナー」に配置されて申請人原と同内容の業務に従事していたもので、何れも昭和四七年三月当時被申請人会社に入社以来六ないし一一年の経歴をもちその配属された職場において好成績をあげていた。申請人等が配置されていた職場には申請人等と同年配や年長の女子従業員が多くおり、調理室や清掃部には六〇才近い女子も正社員として働いていたが、二〇才代の女子従業員は清掃の仕事や調理関係の仕事特に水を使う職場を厭がり、むしろ四、五〇才代の女子従業員が主力になっていた。

(二)  被申請人会社は創業以来営業は順調な成績をあげていたが、創立に当って特に大資本を擁したわけでもなく営業資金は乏しく、営業規模の拡大にしたがって漸次諸施設をととのえて行ったが、そのため多額の借入れを為し、それも銀行融資を十分に受けられなかったため、いわゆる高利貸と称せられる金融業者、ついで銀行以外の金融機関からの借入が多く銀行に比較して金利も高く、支払利子に追われており昭和四一年九月頃には三億円近い累積赤字を出していた。(尤も右累積赤字の原因が何であるかは本件疎明では詳かではない。)このため昭和四一年頃当時最大の債権者であった沼津市所在の金融業申請外静岡商工資金協同組合が、貸付債権の保全、回収をはかるべくその幹部を経営首脳として送りこむこととなり、右申請外組合の代表者が被申請人会社の代表取締役となり、その幹部であった橋本義人も役員として入社し、新経営陣によって経営分析が行われ、売上額に対する人件費比率が他の同種企業よりも高いこと、経営が冗漫であること、経営の健全化をはかるためには人件費を総売上げの一七ないし一八パーセント程度にまで押え、その他諸機構の改革を為す必要があると判断され、役職数を整理することと共に従業員の高令化年功序列型賃金形態が人件費の増大を招いているとして従来未制定の状態となっていた定年制をしくことを決定し、昭和四三年頃からその準備にとりかかった。

被申請人会社の従業員の年令別構成は昭和四六年二月一日現在の全従業員三八八名についてこれを見る場合、一五才ないし一九才が二〇名、二〇才ないし二四才が五七名、二五才ないし二九才が四二名、三〇才ないし三四才が五七名、三五才ないし三九才が四九名、四〇才ないし四四才が四六名、四五才ないし四九才が五七名、五〇才ないし五四才が一三名、五五才ないし五九才が一六名、六〇才ないし七〇才が八名という構成で、男女別では一五ないし一九才が女一五名男五名、二〇ないし二四才が女四二名男一五名、二五才ないし二九才が女一八名男二四名、三〇才ないし三四才が女一三名男四四名、三五才ないし三九才が女一三名男三六名、四〇才ないし四四才が女二三名男二三名、四五才ないし四九才が女一六名男一四名、五〇才ないし五四才が女四名男九名、五五才ないし五九才が女七名男九名、六〇才ないし七〇才が女二名男六名である。

被申請人は観光サービス業者としては若年層が極端に少なく、中高年女子従業員が多いこと、経営合理化、特に人件費を低減するためには食堂ウエイトレスや売店の販売員には、低賃金の若年女子を配置することが好ましく、他面ウエイトレスや販売員に若い女性を配置することは観光サービス業として必要な措置であると判断した。

(三)  被申請人会社の女子従業員の職種は、各施設内事務職場における一般事務経理事務タイピスト電話交換手、調理師、調理補助、食堂ウエイトレス、販売員、植物栽培、小鳥を主とした小動物の飼育、温室内、公園内の清掃、社員寮の賄、看護婦などであるが、本件定年制の論議された当時ないしその実施当時女子はすべて補助的役割を課せられ、主任、係長(以上を指導職とする。)管理職の地位は与えられていなかった。しかし乍ら過去において女子の課長が存在した例もあり、申請人等について見ても本人ないし家族の病気等を除いては欠勤することもなく、各配置された職場において誠実に執務し工夫をこらして業績をあげ、前示認定の如く申請人岡本は第二ストアの食堂で事実上の指導職としての役割を果していたし、申請人石井貞子も売店に配属された時には従来よりも売上げをのばして注目され、当該職場の事実上の責任者として扱われていた。なお昭和四八年三月以降に行われた機構改革で新たに女子従業員六名が主任に任命されるにいたった。

一方男子従業員は主任、係長、管理職など役職についているものが多く、昭和四七年六月当時全男子従業員の約五〇パーセントが右役職者を占めているが、管理職のうち七名は三〇才代半数が四五才以下であり、四七才以上の男子従業員であっても補助的業務にあるものは少くない。

被申請人会社では昭和四五年以降従来の年功序列型賃金の弊害を是正するため、三五才未満者の昇給率を最高とし以後五年位を増すごとにランクをつけて昇給率を低くすると云う方法をとり入れたが、昭和四六年六月当時一ヶ月当りの女子従業員の平均賃金は四万六ないし七、〇〇〇円で、二〇才の女子従業員の場合三万八ないし九、〇〇〇円、四七才の女子従業員の場合五万六ないし七、〇〇〇円、一ヶ月当り平均賃金において二五才と四七才の女子従業員の賃金差は七、〇〇〇円程度であり、四七才の男子従業員と女子従業員との一ヶ月当り平均賃金を比較すると女子は男子よりも約二万円低い。

(四)  被申請人会社は観光サービス業とは云うものの前示認定のように自然を背景とした植物の展示、動物園を中心とした大衆向けレヂャー施設を行楽客に利用させることがその営業の主内容であり、利用者も団体客、家族づれ、学生等が多く、男性客を中心とした接客サービス業ではなく、被申請人において若い女性の配置が必要であると強調するウエイトレスの職場である食堂について見ても、カレーライス、カツレツ、親子丼などのいわゆる丼物、そば等大衆向け料理を売場によってはセルフサービスや立食形式を交えて客に供するものであって、公園内の前示各施設で行楽した客が昼食、間食をとるため、主として昼時に集中して利用するのに応じて滞りなく注文に応ずること、食事の準備のため箸、スプーン、ナプキン、湯呑み茶碗などの整備、食後のあと片附け、客の汚したものの仕末をすることがその主な業務内容である。また販売員は入園料の徴収、各施設に設置された売店におけるシャボテン鉢、観光みやげものなどの販売、立飲み用の清涼飲料水の販売がその業務内容であり、調理補助は調理室内にあって食器、野菜などの洗浄、料理の下ごしらえ、炊飯、また「そばコーナー」においては予め準備された、ゆでそば、汁、山菜、卵、薬味を注文に応じて丼に入れ立食の客に受渡すことが各業務内容である。

男子従業員は前示認定のように指導職にあるものも多いが、客と直接に接する職場に配置された場合、部下と共に同じ仕事に従事することが多く例えば、入園口での切符の改札、売店での販売業務などにたづさわっている。

(五)  昭和四七年三月四日以降、本件定年制実施によって定年退職せしめられた従業員が再雇傭願を出した場合、被申請人会社は殆ど嘱託として再雇傭したが、女子従業員について従来の職場から清掃の係に廻されたものもいるけれども殆どが従来と同じ職場で働いており、六〇才を超える女子従業員も調理補助業務に従事している。なお右日時以降も指導職にない五四、五才の男子従業員やパートタイムで雇われた四七才位の女子が食物を扱う売店の販売員として販売業務に従事していた。

昭和四四年から昭和四七年にかけて被申請人会社の従業員は毎年凡そ三〇名位退職しており、一方昭和四四年五月現人事課長である新井修躬が入社以来、昭和四七年までの間に中学ないし高校を卒業と同時に入社した女子従業員は四、五名であり、その殆どが縁故関係によるものであり、昭和四八年度においていわゆる新卒女子の一般新規採用を試みたが応募者少なく、募集人員三〇名に対し高校卒の女子二名が応募採用されたにすぎない。

以上の事実が認められる。

四、被申請人は本件定年制において女子の定年年令を男子より一〇才低い四七才と決定した理由として、

(一)  女子従業員の職種が限定されており、男女共通の職場である事務職と調理師職は全従業員数の約二〇パーセントに過ぎず、八〇パーセントは男女各別の職種に従事していること、女子の適した職種における労働の態様が中高年層の女子にとって不向きであること、その具体的な実情として先づ、

(1)  被申請人会社所在地の関係上、その従業員については伊東市冨戸周辺を中心とした地域の住民が給源とならざるを得ず、中途採用の女子は家庭の主婦が多く家事の暇ができたので就職した程度の者達で、能力も低く管理的能力や各職種の専門的業務を修得する能力が欠けているため指導職以上の業務に女子従業員を配置し得ないことを挙げる。

被申請人会社に勤務する女子従業員のうち、中途採用された相当多数の中高年女子が雇傭されるにいたった経緯は前示認定のとおりであるとしても、被申請人の主張する管理的能力や各職種における専門的業務修得能力がどの程度の能力を要求されるものであるかは必ずしも明らかではないが、右中高年女子従業員が右能力に欠けることを認めるべき疎明はなく、反って前示認定事実によれば中途採用された中高年女子従業員は定着率もよく各種職場に配置されてその業務を修得し、被申請人もその或る者に事実上指導職的業務を行わしめていること、昭和四八年以降女子従業員から六名の主任が任命されていること、男子従業員の採用に関して女子とは別個の高い規準を設けその規準に合格したもののみを採用すると云った雇傭方針をとっているとも認められず、被申請人会社の業務内容や弁論の全趣旨に鑑み男子従業員の採用についても、地域的な制約が相当多いと考えられるが、その約五〇パーセントは主任以上の管理的業務についていることなどを考えると、過去において女子従業員の処遇に関し果して適正な人事管理が行われて来たかどうかも甚だ疑問であって、仮りに被申請人会社の女子従業員が他企業の女子従業員に比べて能力が低いとすれば、そのような女子を採用した側の責任でこそあれ、これをもって女子従業員全員について定年年令を低める合理的理由とすることは何等他を納得せしめるものではない。

(2)  また、ウエイトレス、調理補助については女子のみに向く職種であると主張し、右職種及び販売職のたづさわる職場での繁忙時の稼動状況から特に機敏性が要求されるところ、女子は男子より早い時期に老化現象が表われ四〇才を超えた場合、急激に衰退するため右機敏性を要求される職場には不向きであること、及び接客サービスの場であるため若い女性を配置することが必要であることを挙げる。

しかし乍ら女子が男子に比して早い時期に老化し四〇才を超えると著しく老化が進む旨の疎明は見当らず、反って≪証拠省略≫によれば、男女の老化現象については(イ)皮膚の皺、艶、弛、肝斑、毛髪の白毛化、禿など身体の外表に表われる老化、(ロ)身長、上腕囲の測定によって示される身体測定値にみられる老化、(ハ)消化器系統、呼吸器系統、性殖器、内分泌系統、脈管系、神経系と感覚器など内臓諸器管にみられる老化、を通じ個別的な性差は見られるものの、総体的に男女の性別による遅速の差はない、とするのが現学界の定説となっていることが認められ、且つ被申請人は従来四〇才を超えた女子を多数採用しウエイトレス調理補助などの職場に配置していたが、そのために支障を生じたことはなくむしろ従来中年女子従業員に可成り依存していたことは前示認定のとおりである。さらに、中高年女子が若さ、明るさ、やさしさに欠け清潔感、衛生感に問題があって右職種に不向きであるとの主張も中高年女性と若年女性とを抽象的観念的に画きわけた上、徒らに若年女性と比較した中高年女性のマイナス面を強調しようとするに過ぎず(若さを除いた以外の点は年令とかかわりない)、中高年女子が被申請人会社の営業内容における接客の業務に従事する場合に考えられるところの、人生経験をもち家庭生活を営んで来た上で会得する人間関係における心づかい、家庭的なあたたかさ、老人や子供に対するいたわり、食物を扱う職場で発揮されるであろう経験の深さなど数多くのプラス面を全く顧慮しない見解であり、清潔感、衛生感についての主張も老醜を問題にするならば男子にとっても共通の事柄であって、清潔、衛生に関しては食品を扱う職場での従業員の躾、衛生設備、その他衛生面の配慮さえ十分に行われていれば、営業上問題が生ずるものとも考えられない。

(3)  さらに不動産セールス、自動車運転士、清掃を除く作業員職、植物職、動物職については何れも被申請人が女子従業員を採用した事情から見て女子には不向きであると主張するが重労働や危険を伴う作業を除いて女子従業員に適さないとも考えられず、≪証拠省略≫によれば、昭和四七年六月現在の人員配置において右職種に従事する男子従業員は、全従業員の約三〇パーセントに過ぎずそのうちの約五〇パーセント弱は作業員職であり、仮りに女子従業員が右各職種に配置されないとしても、他に女子従業員を配置すべき職種が十分あることは前示認定のとおりであって、右が男子従業員との定年年令を低く差別する理由とはなり難い。

(二)  被申請人はさらに再雇傭制度を併置することによって、女子でも希望すれば五〇才まで嘱託として継続雇傭され得ると云う途を残していることを本件定年制の合理的理由の一に挙げ、その場合同一労働同一賃金の原則を貫くため賃金の低下はやむを得ない旨付言するが、右再雇傭制度は男子についても定年年令の五七才に達した場合、女子と同様の条件で継続雇傭することを認めるものであって、女子従業員にのみ付与された優遇措置でもなく、しかも右再雇傭制度によった場合の賃金は、仮りに申請人石井貞子の例で見れば昭和四七年三月以降再雇傭されたと仮定すると、同申請人の同年二月分賃金は後記認定のように五万五四五円であるから、再雇傭基準賃金はその七〇パーセント、即ち三万五、四〇〇円足らずとなる計算であって、前示認定の被申請人会社の営業から考えられる男子従業員の職種や業務内容と比較して、何故女子従業員についてのみ四七才を過ぎるとかように賃金を低下させることが同一労働同一賃金の原則を貫くことになるのか、全疎明に徴してもこれを納得せしめるものは見当らず、右再雇傭制度を置いたことが本件定年制を合理的ならしめる理由とはなり難い。

(三)  被申請人はまた、男子従業員の定年年令を五七才としたのは、男子と女子との肉体的条件の差や職種の違いの外に、一般社会において男子は一家の大黒柱として家族を扶養していることや、採用当初から被申請人会社に一生働らくつもりで来ていることなどを挙げるが、労働者が一旦雇傭されて働らく以上賃金によって生活の途を立てるであろうことは男女によって質的に異なるとも考えられず、扶養家族の存否や支払われる賃金の使途、採用当初における生涯雇傭の期待などというものは、個々の労働者の個人的な事情であり、本来労働者の個々の生活環境や経済事情にかかわりなく、一定の年令に達したことをもって一方的に雇傭を打切る力を有する定年制を定めるにあたって、かような個人的事情を推量してそれを基準とするが如きことは予盾という外なく、仮りに右の様な事情を基準とするなら性別によるべきでなく、かような事情を有する労働者についての定年年令として定めるべきであろう。

五、以上のように被申請人が主張する理由は何れも本件定年制を合理的ならしめるものとは認め難く、且つ前示認定によれば被申請人の営業内容、その各職種における業務内容は、例えば動物職、作業員職における限られた肉体労働や危険を伴う作業部門を除いては、たとえ男女の肉体的条件において女子が筋力を主とした体力において男子より劣るとしても、女子であることの故に高令化(本件においては男子従業員の定年年令である五七才を基準とする。)に伴う老化のため体力的な面でその業務に支障が生ずるものと考えられないこと、被申請人自ら中高年女子、時には五〇才を超える女子を新たに正社員として雇傭し、従来ウエイトレス、販売員、調理補助者、清掃員などの業務に就業せしめて来ており、そのため具体的な支障が生じなかったこと、さらに女子従業員、ことに四〇才、四七才の女子従業員と二〇才代の女子従業員や同年代の男子従業員との平均賃金の差や、後記認定の申請人等の賃金額から考え、女子従業員のみがその労働内容に比べて高賃金を得ており、そのため被申請人において若年女子従業員の新規採用が不能となり、経営合理化阻害の要因であると主張する人件費の昂騰化を招いたものとは到底考えられないこと、(前示認定の男子従業員と女子従業員との年令別人員構成によれば、四五才以上の男子は三八名であり女子は二九名にすぎないし、一五才以上二九才未満の男子は四四名であるのに比べ女子は七五名もいる。また若年労働者の不足が一般的社会現象であることはもはや公知の事実と云ってよく、被申請人がいわゆる新卒女子の採用を欲しても思うように応募者がないことは前示認定のとおりである。)などを考え合わせると、被申請人会社の就業規則において新たに本件定年制を定めた部分の規則条項は、何等これを合理的ならしめる理由なく男女の性別による差別を為し女子に不利益な労働条件を課したものであって、公の秩序に反するものとして民法第九〇条により無効であると云わなければならない。

したがって申請人等が昭和四七年三月四日本件定年制並びにその実施に伴う経過措置により、定年退職したものとして被申請人との雇傭関係を消滅せしめられたことを理由に、雇傭契約の存在確認及び右契約に基づく賃金請求権を主張する本件被保全権利は一応その疎明があると云うべきである。

六、そこで保全の必要性を案ずるのに、申請人等の各供述によれば、申請人等は何れも夫があり、申請人岡本の夫は病弱のため昭和四七年七月以降無職であり従来からも同申請人の稼働による収入が家計の収入源となっていること、申請人岡本を除くその他の申請人等はその夫が就労していて境遇に多少の差はあると云え、被申請人会社に入社する前からそれぞれ他の企業に就職したり、臨時雇や内職などの家内労働によって賃金を得て生活の資金としていたもので、何れも共働きの勤労者階級でその収入が家計の維持に重要な部分を占めていたこと、被申請人から定年退職該当者として解雇された後は、失業保険金や成人した子供、親族からの借入等をもって家計の不足分を補っていることが一応認められ、右事実に現在公知の事実であるところの消費物価の昂騰を併せ考るとその賃金収入を失うことは、一家の生活を維持する上に大きな危機をもたらすものと推認されるので、本案判決確定前に仮りに賃金の支払を求める必要性があると云うべきである。

よって進んでその額について判断する。

申請人等が毎月その月の二〇日締め二五日払いで一月分の賃金の支払いを受けており、昭和四七年二月分として申請人等主張のような内容で主張の額の賃金を得たことは当事者間に争いなく、右賃金のうち休日出勤手当、時間外手当については超過勤務的労働に対する特殊手当の性質を有すると解されるので、右各手当を除いた限度において昭和四七年三月分以降本案判決確定にいたるまで、毎月二五日限り右賃金と同額の金員を支払わしめるのが相当である。

よって被申請人に対し一ヶ月当り、申請人原には五万四、〇四〇円、同日吉には五万六、九八〇円、同石井ふみ代には四万六、五〇〇円、同石井貞子には五万五〇円、同岡本には五万四、三五〇円を、何れも昭和四七年三月四日以降本案判決確定にいたるまで毎月二五日限り仮りに支払うことを命ずることとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 永石泰子)

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